フランスの「ヌーベルまんが」 
 

10年来、フランス漫画に関して、日本の出版社や業界関係者は、フランス・欧州の同業者が昔から行ってきた“同じ過ち”を犯しています。“グラフィック系BD”ばかりを選び、受け入れるというものです。

「日常」のテーマに慣れ親しんだ日本人の漫画読者や、フランス映画ファンのなかに、そういった単なる“イラスト的”あるいは“少年向け”のBDでない、違う種類の作品を好きになる人が、かなり大勢いるはずです。そう考えると、いっそう残念でなりません。私の作品の読者の反応を見る限り、その兆しはあるのですから。

ラソシアシオン社やエゴコミックス社などの出版社とともに、「日常」を描いたBDが90年代に誕生。繰り返しになりますが、80年代の“イラスト的”“少年向け”に凝り固まってしまったBDに反発してのことです。そうして生まれた「ヌーベルBD」といえる漫画は、時にフランスの映画や小説にも似た繊細さを持って、さらに多くの読者、日本にいる5〜6000人のイラスト好きや絵のプロだけじゃない人々の心に、幅広く訴えかけるだろうと思っています。

「フレンチコミック」と呼ばれる、超グラフィック的な邦訳BDのおかげで、日本人読者が今日、BDに対する根強い偏見を持ってしまいました。「BDとはきれいな絵で描かれたSF・冒険もの。だけど、読むのが大変だし、つまらない」と。
この偏見を覆す、あるいは迂回・回避するために「ヌーベルまんが」という言葉が生まれました。『Tokyo est mon jardin/東京は僕の庭』や『Demi-tour/半分旅行』邦訳に続き、日本での私の雑誌掲載などで日本人読者は、“絵がきれい”かどうかはさておき自分たちでも”読める”BDの存在を知りました。読みやすくて、そこそこ楽しめて、フランス映画のエスプリを感じさせるような……。これまでのBDのイメージに当てはまらない、BDのように描かれてはいるが、日本漫画のように読めるもの、それが「ヌーベルまんが」なのです。

日本で2001年8月、「ヌーベルまんが」レーベルをつけて単行本『ゆき子のホウレン草』(太田出版/フランスではエゴコミックス社同時出版)を発表、イベント『ヌーベルまんが宣言』 (注7)は現在、東京にて開催──この時が、私にとって、日本人読者や関係者に向けて、BDはメビウスやビラルだけではないことと、多くの素晴らしい作家や日本人にもわかりやすいBD作品が90年代に誕生したことを、説明する機会となります。その作品とは、ファブリス・ノー、ダビッド・ベー、エマニュエル・ギベール、マチュー・ブランシャン、ブリュッチ、デュピュイ&ベルベリアン、フレデリック・ポワンソレなどの作家たちが描いたものです。もし私の作品がフランスの映画や小説に近いと言えるなら、彼らにもまた同じことが言えます。そういう作品を「ヌーベルまんが」と呼んでも良いのではないでしょうか。

 
 作家のイニシアティブ 
 

このテキストの冒頭で、BDと日本漫画の一般的な違いについて述べました。ここで改めて、商業的BDと、商業的日本漫画を比較し、よりいっそう違いをはっきりさせましょう。
大衆向け・オタク向けの商業的BDや日本漫画は、絵と同様ストーリーに関しても、それぞれが固定化した表現方法・ステレオタイプ・ノスタルジー志向の集まりになっています。ゆえに、フランスでは“漫画オタク”と“BDファン”は、まったく別の種類として対立し、お互いが理解できません。
ところが“ラ・マンガ”や作家主義のBD、つまり、より大人の読める日本漫画やBDをみれば、その違いは生じません。読み慣れた表現コード・ノスタルジー・ジャンルに偏るBDと日本漫画では、それぞれの熱狂的ファンしか惹きつけることができませんが、ファブリス・ノーや、魚喃キリコなど、革新的で非常に繊細な作品ならば、おそらく、日本漫画のファンもBDファンも、漫画に詳しい人もそうでない人も、そして日本人もフランス人も分け隔てなく、楽しめるのではないでしょうか。

実のところ、BDと日本漫画という総体的なジャンル分けよりも、商業主義漫画と作家主義漫画の境目のほうが、よりはっきりしていると思われます。

この視点による新たな認識。「ヌーベルまんが」とは、“作家主義BD”と“作家主義日本漫画”という日仏の延長上にあり、“作家のイニシアティブ”(当たり前にヒットする作品の翻訳・輸入という、これまでの出版社・書店の意向にとらわれないもの)を意味します。
ふたつのジャンルの“架け橋”を作ること。そして両国の読者に向けて、BDと日本漫画は共に、必ずしも“売れる”ものだけでなく“良い”作品があり、それは自叙伝・ドキュメンタリー・フィクションであれ「日常の普遍性」というテーマの中に存在する、ということを紹介していく───これが「ヌーベルまんが」の目的です。

 

フレデリック・ボワレ
2001年8月12日 東京にて

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© 2001 Frederic Boilet
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